ノンフィクション

リアルな現実の狭間で生まれる様々な感情

不安と希望

引っ越し先は小さな漁師町らしい。海が近くにあり、良いトコだと父はお手伝いの友達と笑っている。

しかし、自分は聞いたこともない町だし、友達に転校先を告げたたき、皆がハテナ顔だったのを思い出し憂鬱な気分だった。


お隣の県だというのに、見たこともないような田園風景と山道を繰り返し、まだ着くなよ、ここじゃないぞー、と一人で祈ってた。

しかし、進めど進めど、同じような風景の繰り返しで諦めと悟りの狭間の境地に達したとき、目的地もとい、新居に到着した。


小高い住宅地の一角にある新築の家に一瞬だけ興奮したが、次々に疑問が湧いてくる。


(なんで新聞屋のくせに新築の家に住めるんだ?そもそも幾らだこの家?)


大手引っ越し会社ではない、若い男女が7、8名で荷物を入れて夕方には俺と父と父の友達だけになっていた。


『いやー良いトコだなー!なぁケンジ!』


良いトコかどうかは分かるワケないだろ、家しか見てないんだから、そう思いはしたが、この先の不安や疑問であまり元気ではなかったと記憶している。


ちょっと落ち着いたところで、今回の引っ越しの経緯をきいた。


・数年前に叔父(父の弟)が亡くなり、その持ち家が余っていたので引っ越した。

・前住んでいた家は祖父が出て行くことになり、じゃあ自分達もとのこと。


つまりこの家は叔父ちゃんが住む予定だったが、もう住めないので俺たちが住む、というだけの理由だった。

いや、多少損しても売れよ、引っ越さないで良いだろ、こっちはいい迷惑だよ、と思ったが、後の祭りだ。


俺がごちゃごちゃ言うのを見越して、引っ越す3日前に告知という荒技をつかったというのだから。


まぁ、引っ越しも悪くないかな、と思う気持ちもあった。

何故なら、この県はサッカーも強く、プロを目指していた自分にとってはレベルアップと自分の力を試すチャンスだと思っていたからだ。


(高校の選手権とか出ればアッチでまた友達と戦えるかも…)


自慢になるかもしれないが、そこそこのチームで雑誌に載ったこともあるし、キャプテンを務めていたし何より本気でプロになりたい、と思っていたからこそ、大きな不安をこれまた大きな希望で誤魔化していたのだ。


そして夏休み、転校のおかげで宿題もない、友達はいないが遊び倒せるぞー!と息巻いていた。


現実を知るまでは…

すべての少年たちへ

少し大きめのブレザーがようやく気にならなくなった初夏、それは突然告げられた。


『おい、ケンジ1学期が終わったら引っ越すから荷物まとめておけよ』


青天の霹靂なんて言葉は知らなかったが、まさにこのことだろう。


『引っ越すってどこに?しかも何処に!?』


実際、祖父が仕事の都合で引っ越す準備をしていたのは知っていたが

それにしては家が片付き過ぎている気はしていたが、まさか自分達も引っ越すとは微塵も思っていなかった。


1学期の終わり、と言われたが終業式まで3日くらいの出来事だった。

夏休みの予定はない、アホみたいに走らされるサッカー部の練習にも慣れてきた頃だったが、この決定は覆らないのは中1の自分でも理解できた。


あとは、どのタイミングで友達やクラスメイトに言うかだ。タイミングもクソもない、僅か3日なのだが…


結局、誰にも言わずに終業式のHRを迎えた。

誰にも言わなかったのにはワケがある。みんなの驚く顔が見てみたかったのだ。

自分で言うのもアレだが、お調子者で友達は多かった方だと思う。

そんなヤツがある日、今日でバイバイね、となったらどんな反応をするのか見てみたかったのだ。


『えー、残念なお知らせがあります。ケンジが1学期を持って転校することになりました』


夏休みの前の浮かれ切った友達たちは誰も信じてない。


『先生ー、つまんない嘘は要らないですー!』


『本当だ。』


一瞬の沈黙のあと振り返るクラスメイトに『マジ…』とだけ告げると予想通りのリアクションが返ってきた。


その後、よそのクラスと同じようなやりとりをしたあと、12年間住んだ町を後にした。


それが人生の分岐点だったのか、それとも避けようのない運命だったのかは分からない。