ノンフィクション

リアルな現実の狭間で生まれる様々な感情

大人になりたかったあの頃

あの頃の日常は短いようで長い凝縮された日々だったように思える。


去年の夏に何があったかなんて覚えていないが、中三の夏は色んなことがあった。

仲間の一人であるユウスケが二、三日顔を見せないので気になっていたところ、どうやら空腹で動く気力がないとのこと。


100キロを超える巨体であったが、気優しいところが好きだった。

俺らがどんなに無茶振りをしても怒ることはない、そんなヤツだった。


当時溜まり場だった我が家のルールは一つだけ。


『寝たら負け』


起こされるのはまだ優しい方で、タバコの火やライターで炙られるのは日常茶飯事だった。

人は眠い時にタバコの火を付けられてもあちー!でおしまい。数分後にはまた寝ている。


だから寝坊助のユウスケには色々イタズラをした。


髪の毛をライターで燃やした時はオイリーな髪に引火して前髪が一瞬だけ激しく燃え盛った。

が、起きない。部屋には髪の毛が焦げた独特の臭いが立ち込めてこちらが不快な気分になったことを覚えている。


一番効果的だったのは顔面コーラだ。頭の周りにタオルを敷き詰めドボドボと顔に流し込む。

これにはユウスケも驚いたのかベタベタの不快感が勝ったのか、起きた。


そして以後は『コーラかけんぞ!』というと寝なくなったような気がする。


話しを戻して100キロの牛が餓死しそうと、いうことでさっそくユウスケに電話した。


『おい、何で来ねえんだよ。』


『母ちゃん出て行って食うもんねぇから動けない。』


『そっか、じゃあタバコか弁当買ってやるよ、どっちがいい?』


両方望んで、ち、仕方ねぇな。まで読んでいたが答えはタバコだった。

聞くところによると2日くらい水しかのんでないから食欲がそんなないとのこと。


仕方なくタバコ持って仲間数人とユウスケの家に行った。


静まり返る家、確かに家にはユウスケ以外いなさそうだ。


『ういーす、タバコ買ってきたぞー!』


『お、ありがとう。』


少しはにかんで笑うが元気がない。


『なに、母ちゃんうっせーから追い出したんか?』


『そうだよ。』


『妹は?』



当時小学5年くらい妹がユウスケにはいた。


『昨日、追い出した』



するとこの話を持ってきた武藤がこう言った。


『ひでーよな、関係ない妹追い出して、泣きながらバアちゃんに行ったんだってよ』


一同は引いた。何が原因かは覚えてないが覚えてないくらいなので大した理由ではないだろう。


『つかさ、冷蔵庫とかなんかあんだろよ?』


『ねぇよ、母ちゃん持ってったから』


『マジか…』


自宅で籠城しているのに兵糧攻めにあっているのかコイツは。


『つか、ここにも冷蔵庫あんじゃん』


ユウスケの部屋にあったミニ冷蔵庫を開けるとそこにはなんと蒟蒻ゼリーが丸々一袋あった。


『うおー、マジか!あんじゃん食いモン!!』


コイツは本当バカだな、と思ったがさっそくみんなで蒟蒻ゼリーを頬張った。


『ちょっと待て、コレはユウスケの貴重な食料だ。みんなあんまり食うな』


クレバーな俺はユウスケの食料を死守し、暫しの談笑という名のダベりタイムに入った。


しかし、コイツの家にはゲームがないので暫くすると飽きてきた。


『そろそろ帰るか。夏休み明けまでなんとか食いつなげよ』


そう茶化しながら貴重な食料を見ると、なんともうほとんどないのだ。


仲間の内の1人、ピコイチがなんと1人ほとんど平らげてやがった。


『おい、ピコイチ何食ってんだよ!!』


『ああーー!!俺の蒟蒻ゼリーがーー!!』


コイツテレビ見ながら完全にリラックスして食ってやがったのだ。

ハッとした顔の後に手を顔の前にかざし、ゴメンと謝るピコイチ。そんな光景を見て一瞬の沈黙の後に大爆笑が起きた。

これでこの牛男はチワワみたいにやせ衰えるであろう。


『じゃあ、俺ら帰るからちゃんと母ちゃんに謝るんだぞー!』


そう言って千円か2千円くらいをユウスケに渡して、

『マジで母ちゃんに謝れ。意地はんなよ。』と言った記憶がある。


結局おれらはまだガキだ。親の世話になんなきゃ生きていけない。そんなことは薄っすら理解していたつもり。

結局子供なのか、と。文句や言いたいことがあっても親や先生のいうこと聞かなければいけないのか、そんな風に

思った帰り道。


明けてその日の晩、ユウスケがいつものように我が家にやってきた。


『お、来たな牛!母ちゃん帰ってきたか!?』


『おう、帰ってきたよ。』


『帰ってきたんじゃねぇだろ、謝ったんだろ』


皆の笑い声とともにいつも夏休みが戻ってきた。

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